Q20 チョコレート・ココアに「抗ストレス効果」はありますか?
チョコレート・ココアに抗ストレス効果があるか否かはチョコレートが好きな人にとり大きな関心事であり、チョコレート・ココア国際栄養シンポジウムでも研究報告がされてきました。ラットに対してストレスを与え、抗ストレス効果を調べた結果ではチョコレートやココアの主成分であるカカオマスの摂取は精神的ストレス反応を抑制し、改善すると報告されました。その後スイスで、人を対象にした試験が行われ、2014年にはカカオフラバノールをたくさん含むダークチョコレート(ハイカカオチョコレート)を食べることは、ストレスを軽減するのに役立つと報告されています。ストレスは我々の脳と深く関係しますが、脳と腸内微生物叢はお互いに情報を伝えあって、体の働きを調整しており、現在、脳と腸内微生物叢関連の研究が進められています。
このように、チョコレートにはカカオポリフェノールのストレスを低減する効果はありますが、チョコレートの食べ過ぎには十分注意が必要です。
チョコレート・ココア国際栄養シンポジウムが開催されて以来、チョコレートが我々の脳に及ぼす影響について、多くの日本の研究者により報告されてきました。
武田は、カカオマスやカカオマスから抽出したポリフェノール(更に、テオブロミンやカフェインを除いた粗ポリフェノール画分:伊藤(2002)[1])などの添加・無添加飼料を使い、ラットの身体的ストレスに対する予防効果や身体的ストレスに対する回復効果、そして、精神的ストレスに対する回復効果(恐怖条件付けストレス負荷)を試験しました。その結果、恐怖条件付けストレス負荷にも関わらず上記飼料を投与すると、無動時間が減少し、上昇した血清コルチコステロンの濃度や脳内ノルエピネフリン作動性神経系の動態変化が抑制されたところから、カカオポリフェノールの摂取は、精神的ストレス反応を抑制し、精神的ストレス状態を改善する効果を有する。すなわち、ラットによる実験ではあるが、カカオポリフェノールを含むチョコレートやココアの摂取は精神的ストレス反応を抑制し、改善すると述べました。
一般的に、ストレスとは「体内環境のバランスを保つ能力を失わせるような外部変化」と言われており、人の場合、ストレスの伝達経路については、ストレスを受けるとすぐ、脳の視床下部が反応し、ひとつは自律神経系が刺激をうけ、交感神経の興奮は、副腎髄質からカテコールアミン(アドレナリン・ノルアドレナリン・ドーパミン)を分泌し、心拍数増加・血圧上昇などの身体反応と精神の高揚を引き起こしますが、セロトニンは過度に興奮するのを防ぎます。ふたつ目は内分泌系(ホルモン系)で、脳下垂体ではエンドルフィン、副腎皮質からストレスホルモンと呼ばれるコルチゾールが分泌されますが、同時にセロトニンの働きを抑制します。コルチゾールは筋肉のタンパク質をブドウ糖に変え、血糖値を上昇させてストレスに対処するための脳のエネルギーを確保する働きがありますが、あくまでも緊急措置です。そして、この状態が長時間続くと副腎に負担がかかり、高血糖による肥満や糖尿病、心筋梗塞などのリスクを高めます。加えて、コルチゾールには、抗炎症作用がありますが、NK活性を抑制し免疫力を下げる働きがあるため感染症にかかりやすくなります。スイスのMartinら(2009)[2]は、高いレベルの不安を持った人に1日40 gのダークチョコレート(75 %)を2週間食べさせたところ、尿へのコルチゾールとカテコールアミンの排泄量が減り、ストレス関連のエネルギー代謝の改善が認められるとともに腸内細菌の活動が部分的に正常化することが確認されました。この研究から、1日40 gのダークチョコレートを2週間摂取することで、個々の被験者のエネルギー代謝の改善と腸内の微生物代謝の改善が認められ、結果として被験者の代謝が改善することがわかりました。Witzら(2014)[3]は、ダークチョコレート(72 %)を50 g摂取した2時間後に急性ストレスの多い状況を経験させたところ、被験者はコルチゾールとアドレナリンの反応が鈍化し、これらの反応は血漿中のエピカテキンの高濃度と相関していることを報告しています。これらのことから、カカオポリフェノールを多く含むダークチョコレートを摂取することは、人のストレス反応性を和らげるのに役立つことが出来ると結論づけました。Ruijtersら(2014)[4]は、試験管レベルの実験ではありますが、酸化ストレスによって引き起こされるグルココルチコイド抵抗性について、エピカテキンにより酸化ストレスを抑制した結果、グルココルチコイドの働きが改善し、結果として炎症を抑制することになると述べています。酸化ストレスに対するカカオポリフェノールの効果については、Q10.を参照して下さい。更に、Kennedyら(2016)[5]により、脳機能と精神的な健康への腸内の微生物叢の係わり合いについての総説が報告されています。カカオフラバノールの抗ストレス効果に関するその他報告については[6]-[12]に記載しました。
チョコレート・ココア国際栄養シンポジウムでの関連発表
- 武田弘志「カカオ豆成分の抗ストレス効果」
:第2回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(1996) - 武田弘志「カカオマスポリフェノールの薬理学的特徴-抗ストレス効果-」
:第3回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(1997) - 武田弘志「カカオマスポリフェノールの抗ストレス効果-更年期不定愁訴モデルでの評価-」
:第4回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(1998) - 武田弘志「カカオマスの抗ストレス効果とその有効成分の探索」
:第6回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(2000) - 横越英彦「カカオ摂取の脳機能に及ぼす影響」
:第7回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(2002) - 横越英彦「カカオ摂取の自律神経系に及ぼす影響」
:第8回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(2003) - 大泉康「カカオ成分の抗うつ効果について」
:第8回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(2003) - 横越英彦「チョコレートのリラックス効果」
:第9回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(2004) - 寺尾純二「ポリフェノールによるストレス制御の可能性-抗うつ様活性を中心に-」
:第12回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(2007) - 永井克也「カカオの香りによる匂い刺激が自律神経活動と生理機能に与える影響」
:第12回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(2007) - 永井克也「ミルクチョコレートとビターチョコレートの経口投与が自律神経活動と生理機能に与える影響」
:第13回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(2008) - 岡嶋研二「カカオポリフェノールの更年期障害治療への応用の可能性」
:第15回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(2010) - 青峰正裕「脳内セロトニン放出増加とストレス緩和-カカオ成分の作用-」
:第16回チョコレート・ココア国際栄養シンポジウム(2011)
引用文献
- [1]伊藤恭子 Food Style 21. 2002, 63:81-83
カカオマスのリラックス効果 - [2]FPJ. Martin et al. J Proteome Res. 2009, 8(12): 5568-79
Metabolic effects of dark chocolate consumption on energy, gut microbiota, and stress-related metabolism in free-living subjects. - [3]PH. Wirtz et al. JACC. 2014, 63(21): S.2297-2299
Dark Chocolate Intake Buffers Stress Reactivity in Humans - [4]EJB. Ruijters et al. Pharmacological Research. 2014, 79: 28-33
The cocoa flavanol (-)-epicatechin protects the cortisol response - [5]PJ. Kennedy et al. Trends in Food Science & Technology. 2016, 1-13
Microbiome in brain function and mental health - [6]AB. Scholey et al. J Psychopharmacol. 2010, 24(10): 1505-14
Consumption of cocoa flavanols results in acute improvements in mood and cognitive performance during sustained mental effort - [7]T. Sathyapalan et al. Nutri J. 2010, 9: 55
High cocoa polyphenol rich chocolate may reduce the burden of the symptoms in chronic fatigue syndrome - [8]PL. Lua et al. Asean j of Psychiatry. 2011, 12(2): 157-68
CAN DARK CHOCOLATE ALLEVIATE ANXIETY, DEPRESSIVE AND STRESS SYMPTOMS AMONG TRAINEE NURSES? A PARALLEL, OPEN-LABEL STUDY - [9]SY. Wong et al. Health and the Enviroment Journal. 2012, 3(1): 27
Effects of Dark Chocolate Consumption on Anxiety, Depressive Symptoms and Health-related Quality of Life Status among Cancer Patients - [10]MP. Pase et al. J Psychopharmacol. 2013, 27(5): 451-8
Cocoa polyphenols enhance positive mood states but not cognitive performance: a randomized, placebo-controlled trial - [11]R. von Känel et al. Thromb Haemost. 2014, 112(6): 1151-8.
Effects of dark chocolate consumption on the prothrombotic response to acute psychosocial stress in healthy men. - [12]AA. Sunni et al. Int. J Health Sci (Qassim). 2014, 8(4): 393-401.
Effects of chocolate intake on Perceived Stress; a Controlled Clinical Study