Q10 チョコレート・ココアの研究が日本をはじめ世界中で進んでいると聞きますが、これまでにどんなことがわかっていますか?

4 認知機能(Cognitive Function)

認知機能は、日常生活をすごすために必要な「記憶する」「考える」「判断する」「人とコミュニケーションとる」などの人の知的機能のことです。高齢者の物忘れやうつ病、更には認知症予備群である軽度認知機能障害(Mild Cognitive Impairment :MCI )やアルツハイマー病に対するカカオポリフェノールの効果が研究されています。

代表的な介入研究

ST. Francis. et al.(2006)[1]
項 目 詳 細
被験者 被験者数:18~30歳の健常女性16名
試験デザイン 二重盲検クロスオーバー試験
ウォッシュアウトは14日以上
試験食品 (1)高カカオフラバノール含有ココア
(2)低カカオフラバノール含有ココア
含 量 フラバノール量/日
(1)173 mg
(2)13 mg
摂取期間 fMRI測定前、5日間摂取。5日目はfMRI測定1.5時間前に摂取
結 果 脳血流量は、高カカオフラバノールココア摂取により増加しました。
応答時間や心拍数には有意差はありませんでした。
G. Desideri et al.(2012)[2]
項 目 詳 細
被験者 被験者数:軽度認知障害(MCI)の高齢者90名
試験デザイン 二重盲検並行群間比較試験
試験食品 (1)低フラバノール含有ココア
(2)中フラバノール含有ココア
(3)高フラバノール含有ココア
含 量 フラバノール/日
(1)45 mg (2)520 mg (3)990 mg
摂取期間 8週間
結 果 MMSEテストでは群間差は認められませんでした。
TMT Aテスト、TMT Bテスト、Verbal fluency testは、低フラバノール摂取群と比べ、中および高フラバノール摂取群(3)の方が、良い成績となりました。
インスリン抵抗性、血圧、脂質過酸化は、中(2)および高フラバノール摂取(3)により低下していました。
FA. Sorond et al.(2013)[3]
項 目 詳 細
被験者 被験者数:高齢者60名(72.9 ± 5.4歳)
(MRI測定はうち24名のみ)
試験デザイン 二重盲検並行群間試験
試験食品 (1)高フラバノール含有ココア
(2)低フラバノール含有ココア
含 量 フラバノール/日
(1)1,218 mg (2)26 mg
摂取期間 30日間
結 果 試験開始時に神経血管カップリングに障害がある被験者において、両群で30日間摂取後、神経血管カップリングが増大し、TMT-Bスコアも改善していました。
D.Mastroiacovo et al.(2015)[4]
項 目 詳 細
被験者 被験者数:認知機能障害のない高齢者90名
試験デザイン 二重盲検並行群間比較試験
試験食品 (1)低フラバノール含有ココア
(2)中フラバノール含有ココア
(3)高フラバノール含有ココア
含 量 フラバノール
(1)993 mg
(2)520 mg
(3)48 mg
摂取期間 8週間
結 果 MMSEスコアでは群間差は認められませんでした。TMT-A、TMT-Bの所要時間は高用量群および中用量群で、低用量群よりも短くなりました。
VFTスコアは3群全てで摂取後に改善したが、改善度は高用量群>低用量群となりました。
インスリン抵抗性、血圧、脂質過酸化度も、高および中用量群の方が、低用量群よりも改善していました。
S. Neshatdout et al.(2016)[5]
項 目 詳 細
被験者 被験者数:健常な男女40名(男性22名 女性18名)
年齢:68.3 ± 3歳
認知度25以上(MMSEテスト)
試験デザイン 無作為化二重盲検対照比較クロスオーバー試験
試験食品 (1)低フラバノールココア
(2)高フラバノールココア
含 量 フラバノール
(1)494 mg (2)23mg
結 果 高フラバノールココア摂取によって瑛フラバノールココアに比較し、血中のBDNF量の上昇ならびに認知テストの改善が認められました。

代表的な総説

  • JPE. Spencer (2009)[6]

フラボノイドには、神経毒から神経細胞を保護する作用や神経炎症を抑制する作用があり、また記憶能力や学習能力、認知機能を促進する可能性もある。これらの作用は、2つの経路により生じているようである。1つ目は、ニューロンシグナル伝達カスケードと相互作用することで、神経毒により誘発されるアポトーシスを阻害し、ニューロンの生存や分化を促進する作用である。2つ目は、末梢血流や大脳血管血流を促進することで、血管の新生や海馬の神経細胞の成長を誘導する作用である。これらの作用により、フラボノイドに富む食品を生涯にわたって摂取することは、様々な神経障害に関連する神経変性を抑制し、認知機能の低下を抑制する可能性がある。

  • RJ. Williams et al. (2012)[7]

フラボノイドには認知機能に有益な影響を与える可能性があると、次々と報告されている。加えて、アルツハイマー病様病態の発症を阻害し、齧歯類モデルにおける認知機能の欠損を回復させることが示されたフラボノイドの種類が増えており、フラボノイドの認知症に対する潜在的な治療有用性が示唆されつつある。フラボノイドに富む食品の作用は、吸収されたフラボノイドとその代謝産物が、多くの細胞や分子標的と直接相互作用し、媒介されるようである。同時に、血管系に対しては、脳血流の増加や海馬での神経発生を誘導することで、認知機能を向上させている可能性もある。フラボノイドには、神経変性病態の進行を遅らせ、認知機能を促進する可能性がある。

  • A. N. Sokolov et al. (2013)[8]

吸収されたフラボノイドは、学習と記憶に関する脳領域、特に海馬に入り込み蓄積される。フラバノールの神経生物学的働きは、ふたつの主要な方法で起きると信じられている。ひとつは、細胞カスケードによる直接の相互作用をとうして神経発生、神経機能、脳接続性を促進する神経保護かつ神経調節タンパクの発現を生み出す。ふたつ目は、脳や感覚系における血流の改善と血管新生による。年令、病気に関連する認知の低下を含む神経認知および挙動への長期間フラバノールを摂取することによる保護効果は、通常の年令、痴呆、脳卒中の動物モデルにおいて示された。いくつかの人間の観察および臨床研究がこれらの見解を裏付けているように見える。

  • A. Scholey. et al. (2013)[9]

チョコレートおよびその成分の、認知機能や気分への作用について系統的レビューを行った。また精神への活性効果を持つ画分についても評価した。気分に関して評価基準を満たした8報のうち、5報は気分を改善する、または負の気分を減弱する効果を示していた。認知機能に関して評価基準を満たした8報のうち、3報は認知増強の明確な証拠を示していた。2報の研究では行動上の利点が示されていなかったが、脳の活性化パターンに大きな変化が確認された。気分に対する影響が、チョコレートによる感覚的特性またはチョコレート成分による薬理学的作用のいずれかに起因するのかは不明である。カカオポリフェノールの急性摂取による認知機能への急性な影響は、2報報告されている。ココア成分による脳機能の変化の実証とともに、チョコレートの認知機能促進効果について更なる研究が求められる。

  • A. Nehlig (2013)[10]

ココアパウダーやチョコレートにはフラボノイドを中心とした、非常に多くの抗酸化分子が含まれ、フラボノイドはエピカテキンの形で最も豊富に存在する。これらの物質は、脳に有益な作用を示す。これらは脳に入り込み、脳灌流を広範的に刺激する。
また、血管新生や神経発生、主に学習や記憶に関与する領域のニューロン形態の変化を引き起こす。エピカテキンは、動物やヒトの認知機能における様々な側面を改善する。またチョコレートは気分に対して有益な効果を誘導し、感情ストレス下で多く消費される。さらにフラボノイドは、ラットの老化に伴う認知機能の低下を抑制し、アルツハイマー病を発症するリスクを低下させ、ヒトにおいても脳卒中のリスクを低下させる。フラボノイドは、血管系や脳血流に対する有益な効果に加えて、シグナル伝達カスケードと相互作用することで、酸素ラジカルなどの神経毒によって誘導されるアポトーシス性の神経細胞死を阻害し、ニューロンの生存やシナプスの可塑性を促進する。
チョコレートの認知機能や気分に与える効果は大変興味深いが、現在のところ、加齢に伴う認知機能の低下や神経変性疾患に抑制するために、ココアやチョコレートをいつから消費すべきかわかっておらず、ココアやチョコレートの神経保護機能を解明するには、依然多くの研究が必要である。一方、カカオは高エネルギーのチョコレートの形で最も頻繁に消費されるため、特に過食症性肥満につながる特定の摂食障害に罹患しやすい人にとっては、体重増加のリスクがあるために、有害である可能性がある。
それでも、現在の知見に基づくと、ココアやチョコレートの適切な摂取により得られる利益は、考えられるリスクを上回る可能性があるようである。さらに、直近のヒトでの研究で、実際は頻繁なチョコレート摂取が、低BMIと関連している可能性があると報告されている。これらの結果は、カカオ由来のエピカテキンを2週間与えたときのマウスの予備臨床データと一致している。

  • L. Dubner et al. (2015)[11]

最近の研究で、ポリフェノール代謝物は血流脳関門を通過し、脳に生化学応答をもたらすことが示されているが、ポリフェノールがどうやって脳機能を改善しているかという重要な疑問は依然解明されていない。ポリフェノールのどういった代謝物が作用しているかを解明するためにも、臨床用にカカオ抽出物の調製方法やポリフェノールの分析方法を最適化、標準化すべきである。

  • D. Grassi et al. (2016)[12]

最近の研究は脳血管危険因子と認知機能におけるフラボノイドに富むココアやチョコレートの好ましい効果に注目してきた。このレビューの目的は認知機能、特に痴呆を妨げる血管や抗酸化作用の推定されるメカニズムに注目して、カカオの効果に関する新しい見解を総括することである。

  • V. Socci et al. (2017)[13]

カカオフラボノイドによる人間の認知力の強化ついてのミニレビュー。

代表的なIn vitro試験

  • A. Cimini et al. (2013)[14]

ヒトアルツハイマー病のin vitroモデルを用いて、カカオポリフェノール抽出物の効果を調べた。その結果、カカオの抗酸化作用の確認以外にも、カカオポリフェノールがAβプラーク処理した細胞とAβオリゴマー処理した細胞の両方において、BDNF(脳由来神経栄養因子)生存経路の活性化により、神経保護作用を誘導し、神経突起ジストロフィーを阻止することを実証した。今回の結果は、神経変性の予防剤としてのカカオパウダーの使用を、さらに支持する結果となった。

  • J. Wang et al. (2014)[15]

3種類のカカオ抽出物(viz. Natural, Dutched, Lavado)が、Aβ42とAβ40のオリゴマー化に与える影響を、光誘起非修飾タンパク質の架橋の手法により評価した。またシナプス機能に対するカカオ抽出物の影響を評価するために、Aβオリゴマーに曝されたマウスの脳海馬片における長期増強作用を測定した。その結果、カカオ抽出物はAβのオリゴマー化を抑制するのに有効であり、特にLavado抽出物が最も効果的であることが示された。Lavado抽出物はAβオリゴマーにより減少した長期増強作用を回復させるのに有効であったが、Dutched抽出物にそのような効果はなかった。

チョコレート・ココア国際栄養シンポジウムでの関連発表

引用文献

[1] ST. Francis et al. J Cardiovasc Pharmacol. 2006, 47(Suppl 2): S215-S220
The effect of flavanol-rich cocoa on the fMRI response to a cognitive task in healthy young people.
[2] G. Desideri et al. Hypertension. 2012, 60: 794-801
Benefits in Cognitive Function, Blood Pressure, and Insulin Resistance Through Cocoa Flavanol Consumption in Elderly Subjects With Mild Cognitive Impairment
[3] FA. Sorond et al. Neurology. 2013, 81(10): 904-909
Neurovascular coupling, cerebral white matter integrity, and response to cocoa in older people
[4] D. Mastroiacovo et al. Am J Clin Nutr. 2015, 101(3): 538-548
Cocoa flavanol consumption improves cognitive function, blood pressure control, and metabolic profile in elderly subjects: the Cocoa, Cognition, and Aging (CoCoA) Study - a randomized controlled trial
[5] S. Neshatdoust et al. Nutrition and healthy aging 2016, 4 (1): 81-93
High-flavonoid intake induces cognitive improvements linked to changes in serum brain-derived neurotrophic factor: Two randomised, controlled trials.
[6] JP. Spencer. Genes Nutr. 2009, 4(4): 243-250
Flavonoids and brain health: multiple effects underpinned by common mechanisms.
[7] RJ. Williams et al. Free Radic Biol Med. 2012, 52(1): 35-45
Flavonoids, cognition, and dementia: actions, mechanisms, and potential therapeutic utility for Alzheimer disease
[8] A. Sokolov et al. Neuroscience and Biobehavioral Reviews 37(2013): 2445-2453
Chocolate and the brain: Neurobiological impact of cocoa flavanols on cognition and behavior
[9] A. Scholey et al. Nutrition Reviews. 2013. 71(10): 665-681
Effects of chocolate on cognitive function and mood: a systematic review
[10] A. Nehlig. Br J Clin Pharmacol. 2012, 73(3): 716-727
The neuroprotective effects of cocoa flavanol and its influence on cognitive performance
[11] L. Dubner et al. J Alzheimer’s disease. 2015, 48(4): 879-889
Recommendations for Development of New Standardized Forms of Cocoa Breeds and Cocoa Extract Processing for the Prevention of Alzheimer’s Disease: Role of Cocoa in Promotion of Cognitive Resilience and Healthy Brain Aging
[12] D. Grassi et al. Curr Pharm Des. 2016, 22(2): 145-51
Brain Protection and Cognitive Function: Cocoa Flavonoids as Nutraceuticals
[13] V. Socci et al. Frontiers in Nutrition. 16 May 2017
Enhancing Human Cognition with Cocoa Flavonoids
[14] A. Cimini et al. J Cell Biochem. 2013, 114: 2209-2220
Cocoa Powder Triggers Neuroprotective and Preventive Effects in a Human Alzheimer's Disease Model by Modulating BDNF Signaling Pathway
[15] J. Wang et al. J Alzheimer’s disease. 2014, 41(2): 643-50
Cocoa Extracts Reduce Oligomerization of Amyloid-β: Implications for Cognitive Improvement in Alzheimer's Disease.