日本チョコレート・ココア協会
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世界の歴史
  • チョコレートの始まり
  • ヨーロッパへ伝わったカカオ
  • カカオ豆栽培のひろがり
  • カカオ産業の近代化
1.ヨーロッパに伝わったカカオ
2.スペインに渡る
3.チョコレート伝来の歴史
ヨーロッパ諸国へ伝わる

16世紀〜19世紀にスペインから欧州各地へ伝播する過程については諸説があります。互いに国境を接しており、多くの人の行き来があり、また聖職者や修道院組織の交流があり、各国・各地域へ伝播したものと思われます。

ポルトガル

2番目にチョコレートに接したのはポルトガルのようです。スペインのカルロス1世の次の王フェリペ2世はポルトガルを併合して両王を兼ねました。ポルトガル宮廷に宮廷ココア担当官「チョコラティロ」を設けており、上流階層にチョコレートが普及しました。

イタリア

3番目に伝わった国としてはイタリア(ローマを中心とする南部地域)を上げる説があります。修道院や聖職者組織を介して広まった可能性があります。1662年にはチョコレートの高い栄養価と官能的満足感から受難節の断食期間中の飲用が適切かどうか問題になっていますが、ローマ枢機卿の裁断で飲用が認められたという逸話もあります。

フランス

フランスにはスペインからもたらされましたが、当初はカカオの薬用効果を期待した可能性も大きいようです。

1615年スペイン王女アンヌ・ドートリッシュとルイ13世の結婚の王女からの贈り物の中に砕いて湯に溶き、砂糖を混ぜて飲むカカオの塊があり、フランス宮廷にチョコレートが普及する足掛かりになりにました。

1659年ルイ14世はダヴィッド・・シャリューなる政商にフランス国内のチョコレートの製造・販売の29年間の独占権を与えました。上層階級にカカオが浸透し消費が盛んになり、製造・販売する商人が成長すると税収が増えると考えてのことでした。フランスではこの独占権が消滅する1680年代末まで貴族・聖職者層以外はチョコレートを楽しむことが難しかったようです。

1660年ルイ14世はスペイン王女マリー・テレーズ(マリア・テレサ)と結婚しました。王女とその侍女たちはフランス宮廷でもチョコレートを愛飲し、宮廷にチョコレートが広まりました。
1693年にフランス国内におけるカカオ取引やチョコレートの販売が自由化され、カカオの輸入関税が引き下げられてチョコレートの価格が下がると、市民層にも普及して行くことになります。

オランダ

オランダはスペイン領(低地地方)でしたのでチョコレートの伝播は早かったと思われます。独立後カカオの利用法を理解したオランダ商人はカカオ豆の大量輸入を図り、チョコレートを中産階級にも手の届くものとしました。
チョコレートはアムステルダムからドイツへ入り、アルプスを越えて北イタリアに入ったと言われます。

マリア・テレジア

イギリス

イギリスは1655年にジャマイカ島をスペインから奪取し、イギリスの主要なカカオ供給地となりました。1650年代までにイギリスにチョコレートが到達していたと思われます。

1657年に『パブリックアドヴァイザー』紙、1659年に週刊誌『ニーダムの政治報道』にチョコレートの広告があります。

“西インド渡来のすばらしい飲み物、チョレートを、チョコレート宣伝ポスタービショップスゲート通り、クイーンズヘッド小路にて販売中。店主は以前グレイスチャーチ通りやクレメント教会境内にも店を出していたフランス人で、わが国で最初にチョコレートを売り出した人物。その場で飲むもよし、材料を格安で買うもよし、用い方も伝授。
その優れた効能はどこでも大評判。万病の治療、予防に効果あり。効能を詳しく解説した本も同時に販売中。”(パブリックアドヴァイザー紙はもう少し簡単な記事)

これがロンドンではじめてのチョコレートハウスの開店を告げるものと思われます。

※チョコレートハウスはコーヒーハウスとならび、店内では暖かい飲み物を楽しむ人々が 政治や経済を論じ、賭けごとに興じる社交の場となっていました。イギリスではフランスと異なり、最初から一般向けに販売されました。ただし、高価なので、しばしば飲めたのは金持ちだけでした。

オーストリア

オーストリアにはスペインから直接伝播したという説とドイツ経由説があります。国王カール6世(1711〜40)は他国の君主と異なりカカオの関税を低くしたためチョコレートが国民的飲料となりました。オーストリアで活躍したスイス人の画家ジャン=エティエンヌ・リオタールは1743年に『チョコレートを運ぶ娘』というタイトルで画家に朝食の飲み物を運ぶ召使を描いています。

有名なチョコレート菓子“ザッハー・トルテ”が考案されたのは1832年です。

スイス

スイスへ伝わった道筋ははっきりしませんが、1697年、チューリッヒ市長のハインリヒ・エッシャーがベルギーのブリュッセルから飲み物としてのチョコレートを持込んだのが最初という説があります。

18世紀末には、スイス西部などの地域で、川の水力を利用した工場が作られ、1792年にはベルンにスイス初のチョコレート販売店が開かれています。

米国

チョコレートは大西洋を渡り北アメリカに上陸しました。イギリスから海を渡ってきたとする説と中央アメリカから陸路を伝わったとする説がありますが、チョコレートがアメリカ大陸へ再び戻ってきたことになります。

17世紀末ごろにはボストンのコーヒーハウスでチョコレートが出されたといわれます。1765年にアイルランド移民のジョン・ハノンがマサセッツ州ドーチェスターでカカオの磨砕をはじめています。各地でチョコレート製造が盛んになっていたことと思われます。

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